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2011/08/09

Absinthe Museum フランスのアブサンミュージアムを訪ねる



ゴッホが人生最期の時をむかえたAuvers sur Oiseの駅
パリ、モンパルナスの駅から電車で小一時間といったところ
(帰りは2時間半以上かかる、上りは一時間に一本しかない)
古い建物や町並みが残る美しい町です。
神経が過敏になって精神のバランスを崩したゴッホが
静寂の中での治療と描画に集中できる環境を求めて
この地に引っ越してきたのも納得がいきます。



アブサンミュージアムはこの町の駅から
10分ほど歩いたところにあります。




一軒家を改装して作られたこのミュージーアム、
いったいどんなものが展示されているのでしょうか?






建物の看板代わりに大きなアブサンスプーンが取り付けられています。
エッフェル塔ができたときの記念スプーンの巨大版です。



建物の随所にグリーンが使われていて
美しく周りと調和しています。







ここの館長マリーは毎年秋にフランスの
ポンタルリエで行われるアブサンティアード
(アブサン品評会)や6月にスイスの
クヴェ村近くで開かれるアブサン祭りにもいつも顔を出している、
いわばアブサン業界の有名人でもあります。
アブサン大辞典を編纂したり
アブサンの歴史に関する本を執筆したり、
アブサン酒自体の生産企画にも携わっています。

会うたびにアブサン大辞典の新刊が出ているので
購入してサインを入れてもらっています。

今回はアポなしで伺ったのですが
アブサン飲みに毎年わざわざ遠くから来る変な東洋人として
憶えていてくれて歓待してくれました。







おみやげとして持参したメイド イン ジャパンのアブサン、
ヘルメスアブサンを寄贈してきました。
なんとプレバンアブサン
(アブサンが禁止になる前の貴重な古いアブサン)
コーナに飾ってくれました。

ヘルメスの一番新しいやつを持ってきたのが少し悔やまれます。
コレクションとして展示するから飲まないとおっしゃっていました。
テースティング用の小ビンでも持ってくれば良かった。
しかし味が問われなくて逆に良かったのかも、、、




本当に良くここまでたくさん集まったものだと思います。
歴史資料としてもとても貴重なものばかり。







館内の展示物はアブサン関連のオリジナルの印刷物類が多く展示されています。
アブサン大辞典で見たことのあるものの
現物がたくさん。




グラスの縁にクリップするタイプのアブサンスプーン
スプーンとは言えないでしょうか?
初めて目にするものでした。



オリジナルの当時ものグッズが展示されています。



中庭ではニガヨモギはもちろんアブサン用のハーブが栽培されています



最近新たにカフェコーナーを作ったそう。
展示を見た後に実際にアブサンファウンテンをつかって
アブサンドリップを飲むことができるようになりました。
まだ昼の1時くらいですが
もちろん白濁させてもらいました。
Fougerolleの72°を砂糖なしのドリップで。



ペルノ社のロゴが入ったかなりモダンなシェープのファウンテン






”グリーンフェアリーの袋小路”

また秋にポンタルリエのアブサン品評会でお会いしましょう!


“A nearly forgotten part of history”

Alcohol has always had a strong connection 
with both culture and the time period in which it was prevalent. 
Absinthe is just that. 
If you are interested in french history or art, 
absinthe provides a window to both. 
This museum houses extremely rare original posters and antiques in pristine condition. 
If you talk to the curator she is perhaps the embodiment of the green fairy herself 
and has an incredible depth of knowledge on everything absinthe.
 It's definitely worth the visit when you are in town!!


オフィシャルホームページ

Bar Tram & Trench (i)


2011/02/28

フランスの友人アルノー氏からメールが届く

去年の六月、スイスのアブサン祭りで出会ったフランス人
アルノー氏から久しぶりにメールが届きました。

彼はいつも無声映画から飛び出してきたかのような
クラシックな装いで、
大きめのレザーのアタッシュケースからは
怪しげなアブサンとアブサングッズが
色々でてきます。




















『日本にだって泊めてくれるとこがあれば
飛行機代だけで講演しに行くよ』

なんて言ってました。
いつかぜひ招聘したいものです。


ところで日本の雑誌『酒文化』2011年1月号に彼の記事が掲載されたとのこと。
プロフェッショナル向けのかなりマニアックな雑誌です。














酒文化研究所より発行されている月刊誌です
http://www.sakebunka.co.jp/


”近年ではアブサンの売上高が増加しているがアルノー氏もそこに貢献している。
大学の卒業論文でアブサンを取り上げて研究した氏は
この歴史ある文化的な飲み物を広めるためにアブサンイベント社を設立する。
フランス中で行われる試飲会やセミナーは好評を博している。”



















































Cheers Arnaud!!

www.absinthevent.com
http://absinthevent.over-blog.com


Bar Tram & Bar Trench (I)

2011/02/20

DAYDREAM BELIEVER !! with Lawrence Jordan .





Lawrence Jordan's surreal animations and quirky live action shorts create an amazing world of joy and wonder.

In his 78 years old Lawrence Jordan still active , giving speeches and showing his work around the world . Most known for his mastery in cut out animation , with a combination of simbols , 19th century engraving and images , mainly using a 16mm film camera , editing frame by frame . Something that just a few people do in this digital era .

For those who want to check his work out , until next week (2.27) at Tokyo Metropolitan Museum of Photography in Ebisu . Lawrence Jordan is going to give a talk show during this time as well .

There is a nice interview with Lawrence Jordan at cinesourcemagazine .com





Cheers to Lawrence Jordan !!!

Bar Tram & Trench (R)

2011/02/04

Os Gemeos - the twins grafitti

os gemeos - Sao Paulo - Brasil





 Humans have been drawing (or tagging ) walls for as long as they have existed .  I can remember my history teacher showing those drawing pictures of cows , fire ,warriors , etc , in caves somewhere around the world  .  Even me used to draw , in secret from my Mom , in the walls of the house . The only problem …it was easy to find out who did the drawing  .  It was a kind of painful experience .
  Some says modern grafitti art started around in the 1960's ( I don't understand what is the difference between modern and old ) but 2 guys called OS GEMEOS  always keep my attention when I walk around the streets of Sao Paulo ,Brasil . Their drawing or tagging (whatever ) shows real life at the same time fantasy .  All those images get stuck in my mind  (if that's their main purpose , they did a good job ) , a lot of colors , pollution  , messy , organized , fantasy , tragedy , soccer , homeless , smile ,  paradise , and a buck of other things …
  Here are some of their works …maybe you can get what I mean :


os gemeos




" Dream is not a dream when you live a dream alone" -

Sao Paulo streets 

os gemeos





all pictures from "OS GEMEOS"

 Big cheers for " Os Gemeos " and all those mans who used to make drawings in the caves !!!

2010/12/15

LAU in JAPAN! part II

LAU - Kris Drever,Aidan O'Rourke,Martin Green


    Last rainy cold monday (2010/12/13) , some people would say Blue Monday but wasn't Blue at all ,  we had the visit  of the Scottish folk super trio LAU ( Kris Drever , Martin Green , Aidan O'Rourke ) .


このあいだの雨の月曜日(12/13)。誰かが「ブルー・マンディ」なんて言ってたけど、僕たちは全然ブルーなんかじゃなかった。なぜなら、スコットランドのフォーク・スーパー・トリオ「LAU」が僕らの店に来てくれたから。


    After 2 days of gigs , Tokyo & Yokohama , They took a little break here in TRAM . Lau have been visiting us in the past 4 years , and for us it is always a honor to receive the visit from friends who comes so faraway from Japan .


東京と横浜での二日間のライブを終えて、ちょっと休憩しに彼らはTramに飲みにきてくれた。「LAU」のみんなは、ここ4年ぐらい東京にくるたびに僕らに会いにきてくれる。日本から遠く離れたスコットランドからの友人たちの訪問は、ほんとに名誉なことだと思う。


Kris Drever
LAU at the TRENCH book shelf


   But TRAM wasn't the end , They came to the 30 seconds away TRENCH  as well.


今回の訪問は、Tramだけにはとどまらず、歩いて30秒のところにあるTrenchに移動。


   LAU accepted the challenge of going up to the TRENCH book shelf and sing a song  . They did a quick short improvisation , even without their own instruments .

  Cheers  to LAU !!!


「LAU」のみんなは、Trenchのカウンター上にある本棚に登ってくれて、歌を披露してくれた。自分たちの楽器を持ってないのにもかかわらず、即興ですばらしい演奏をしてくれた!

LAUに乾杯!!


  "R"






2010/12/09

アブサンと文学 Absinthe-Tokyo Blogより

























生誕百年や映画化などなど

最近なにかと話題にのぼるような気がする太宰治

彼の作品にも酒に関する文章が多いですが、

アブサンももちろん含まれています。

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”人間失格”

『このような時、自分の脳裡におのずから浮びあがって来るものは、あの中学時代に画いた竹一の所謂「お化け」の、数枚の自画像でした。失われた傑作。それは、たびたびの引越しの間に、失われてしまっていたのですが、あれだけは、たしかに優れている絵だったような気がするのです。その後、さまざま画いてみても、その思い出の中の逸品には、遠く遠く及ばず、自分はいつも、胸がからっぽになるような、だるい喪失感になやまされ続けて来たのでした。

飲み残した一杯のアブサン。
自分は、その永遠に償い難いような喪失感を、こっそりそう形
容していました。

絵の話が出ると、自分の眼前に、その飲み残した一杯のアブサンがちらついて来て、ああ、あの絵をこのひとに見せてやりたい、そうして、自分の画才を信じさせたい、という焦燥《しょうそう》にもだえるのでした。』
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なかなかアブサンに対してはポジティブなとらえ方をされていますが、
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”酒の追憶”

『それがいまでは、どんなものか。ひや酒も、コップ酒も、チャンポンもあったものでない。ただ、飲めばいいのである。酔えば、いいのである。酔って目がつぶれたっていいのである。酔って、死んだっていいのである。』
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こちらはまったくもって

古いタイプのロックミュージシャンを思い起こさせる言動です。

明日も楽しく飲めるようにほどほどに!


Boutique Absinthe Tokyo blog より転載
http://blog.absinthe-tokyo.com/?eid=368404

Bar Tram & Bar Trench

2010/11/23

フランスにおけるアブサン解禁立役者へのインタビュー記事(翻訳)

フランスにおけるアブサン解禁立役者へのインタビュー記事(翻訳)
われわれの使命は歴史を再創造することであって、書き直すことではない


La Gazette de l'Absinthe 
All the news about Absinthe - Green Fairy
2010 11/5記事より

アブサンのテストをするテッド

アブサンに関する最近のフランスの法律の進化にはよく引用される名前があります。
セオドア. A.ブロー氏です。評価の高いアブサンのシリーズ”ジェード”の創設者としてのほうがより知られてはいますが、彼は緑の妖精、グリーンフェアリー(アブサンの愛称)に関わる科学的、教育的、法的な試みに参加しています。
彼はフランスにおける1915年のアブサン禁止法案の廃止について私たちの質問に答えてくれました。

ガゼットドゥアブサン:ハイ、テッド(セオドア氏の略称)
まず第一に、あなたを知らない読者のために簡単に覚え書き。
もともとはルイジアナ生まれのバイオ化学者でしたがタバコの葉でつくられるリキュール、”ペリック”やアメリカ市場向けのアブサン,”ルーシッド”、もちろん名高いジェードアブサンも製造するソミュールの蒸留所にて蒸留を学びました。

フランスではアブサンについて法律上いくつかの問題がありました。

*1988年 終結判決
*1999年ころ 上記法令にさまざまな適用の進化(ベルサント裁判)
                         フランスの税関はアルコール度45°以下のアブサン関連商品には
                         “アニス”とラベルをつけることを望んだ時代
*2009年 フェンネルの成分、フェンコンとヒソップの成分、ピノカンフォンの食品に使用できる濃度の法律を修正する
そしてもちろんその後フランス法律の簡略化、(アブサン解禁)へつながる修正案の提出

この中のどちらに関わったのですか?
そしてこれらの戦いに参加した動機は?

Ted:19世紀につくられていたアブサンと同じアブサンをつくるのに適した蒸溜所を探しに
2001年私が初めてフランスに来たとき、EUのアルコール飲料に関する規制はすべて問題はないと信じていました。
しかし私はフランスにおいて、特にアブサンに関することとなるとそれが間違っていたことがすぐにわかりました。
2007年チョイスン氏と私はフランスにおいて1914年以来続くアブサン禁止法のもとで罰せられる最後の人となったのです。
これは主に1988年の判決によるものでした。1988年、明らかにフランス政府のだれかが、
EUの規制を適用することでアブサンがふたたび合法なものになるということに気がついたのです。1988年の判決ではアブサンを非合法なものにし続けようという周到な試みが見て取れます。ある意味私もこのことは理解することはできます。なぜなら単純にこれは22年も前のことであり、アブサンの化学はまだよく分かっていないままであったからです。

この法的な危機のまっただ中でチョイスン氏と私はフランス税関とフランス蒸留酒連盟とこの問題について会談しました。
私たちの推論はこの判決はフランスの蒸留所に不公平な経済的不利益を与えたというものでありました。
税関もフランス蒸留酒連盟(FFS)もこの問題に関して同情的でありFFSは私たちのために申し入れをしましたが、2年間たっても何の返答もなく、進歩はありませんでした。
他のフランスの酒造メーカーはこの判決に書かれている規制について単純に対処していましたが、私たちにはその方法は受け入ることはできませんでした。
私たちは歴史を再創造することが使命であり、法律が私たちにそうしろと強制するからと言って書き換えることではないのです。
私たちは重大な決断をしなければなりませんでした。ジェードをあきらめるか我々で法的な議論をうまくやってのけるか。
われわれは法的議論を引き起こすリスクを取ることに決めたのです。
セニール氏の努力のおかげで2009年7月チョイスン氏はフランスの保険大臣のアドバイザーと直接会う事ができ、たったの数ヶ月で法律の改正へとつながる議論ができたのでした。

ガセット:ニクソンピーボディー法律事務所から 私はこれらの件についての法律相談はセニール氏によるものだと読みました。どのようにしてあなた方は出会い、どうやって彼をこのような法律問題に興味を持たせたのですか?

T:2007年3月、ジェアド ガーファイン氏(ニューヨーク、ビリジアンスピリッツ)とニクソンピーボディーの切れ者の弁護士がアメリカのアブサン禁止法をひっくり返したときの努力に私が役に立ったということに気がつくかも知れません。
アーノッド デ セニール氏がもしフランスでこのようなことが起こったときに、フランス政府のしかるべき人に問題を提示できる機会を持つ人として、よい人だと推薦されたのです。
アメリカでの成功はフランスでのこの問題を扱う際の自信を与えてくれました。
科学が我々の味方になってくれるときそれは強力な論拠となってくれるのです。

ガゼット:あなたとM フランク チョイスン氏(コンビエ蒸溜所長)のあいだでこの法的措置にどのように関与しましたしか?
あなたがたはすべてについて共同作業か、それぞれが特別な仕事やとスキルを分けて行ったのですか?

T:チョイスン氏と私はこれらの法的活動に共通の関心を持っています。私たちはともに国内および国際的なビジネスに従事しており、私たちのビジネスが不公平な規制によって影響されるのが嫌いなのです。
彼には彼の才能があり私には私の才能があります。彼の才能は私にとって有益であり私の才能は彼に取って有益なのです。
彼は私のビジネスに多くのサポートを与えてくれ、私は彼のすばらしい歴史のある蒸溜所にふさわしい注目を集めるためにできることを行ってきました。



ガゼット:さて1915年の法律の廃止について、私はクーデターの構造について理解したいです。先ずはじめにサニール氏とチョイスン氏以外にだれが関わったのですか?
そしてどのようにかかわったのですか?
私たちはサニール氏に、デヴィッドネーサンマイスター氏、フランソワギー氏と聞きましたが、彼らが参加していたのは本当ですか?
私はあなたが共同署名したアブサンのプロデューサーへの公開質問状について具体的に考えているのです。

T:ええ、もちろん私はこの判決はほかの誰よりも私の商品の製造に影響するので、直接関わりました。私は裁判所に提出される科学的調査を提供しました。チョイスン氏は完全な事務管理的、専門家的なサポートを提供してくれ、セニール氏はすぐれたマシーンのように法的実務をこなしをました。そしてジェアード ガーファイン(ビリジアンスピリッツ、ニューヨーク)の価値あるサポートに対しても記しておかなければなりません。結局フランスの製品は他の市場で競合に妥協することになれば、これはアメリカ市場においてでさえフランス産のの製品を代表するすべての人に影響を与えるのです。

ガゼット:スイスのIGP(AOCのような原産地呼称統制の一種)は修正案の提出に対して非常に役に立ちました。
それが引き金になり、以前から行ってきた活動に対してのテコになったのですか?
それともある種スイスを巻き込むことは作戦だったのですか?

T:私たちはスイスのIGPの申請の理由を理解しますが、しかし多くの理由から、これは間違った方法であります。私たちはこれには非常に驚きました。スイスが劣った製品を国内マーケットに入れないようにしたいのは分かりますが、私の商品がスイスのアブサンの定義の基準をすべて満たしているのにも関わらずスイスでは販売できないのに
スイスはスイスの製品をどこでも売る事ができるというのは不公平です。
私たちがスイスに助けを必要とするのと同じくスイスはスイスの国外では私たちの助けが必要なのです。スイスにとってその他の職人的なプロデューサーをゴミと一緒に捨てるのは、ベルギービールのプロデューサーがビールを守るために彼らだけビールを名乗るとIGP申請して、ドイツビールはビールとラベルに表示できない、とするようなものです。
アブサンとは小さなエリアに縛りつけておくことはできません。単純にアブサンは歴史を通していくつかの国でつくられてきているからです。

スイスのIGPは私たちに内容ではなく、名前だけで禁止されているフランスのアブサンの違法性問題について法的にひっくり返る機会を与えてくれました。
これは理にかなっていません。セニール氏はその時が来るために非常に効果的に仕事をしましたが、これはFFSの協力あってのものでした。



私たちの情報源では法律改正案はフランス蒸留酒連盟(FFS)とペルノリカール社の圧力によって提案されたことになっています。
巨人が本当にあなたのモーニングコールで目を覚ますのか(あるいは言い換えれば野獣を突いたのか)もたは彼らの法律チームにでくわしたのか?
私はペルノリカール社の関わりについて分からないのでコメントはできません。



次のトピックへ
ガゼット:フランスの歴史と文化に関わる法律の改正がアメリカ人のてによるというのは非常に皮肉なものだとは思いませんか?どう思いますか?

T:私の名字ブローがロワールとボルドーの出自で私の家族の一部がスイスのダブスが来ているというのも皮肉ですか?たぶん私はアメリカ人なので奇妙に見えるかも知れませんが
私は不公平や不正にを感じるものに対して挑戦することを信条にしています。

他の人は障害物のまわりをまわることに満足するかも知れませんが、私はそれを取り除くことにしています。私にとって障害物のまわりをまわっていくことは歴史の書き換えであり、私の教義に反することなのです。この法的な努力は成功はしたものの多くの時間とお金を費やしました。私たちはフランスの蒸溜所にこの戦いに関して何も要求しなかったし、何も受け取りませんでした。

ガゼット:それではこの問題から少しはなれて、例えばツヨン(ニガヨモギの成分)インフォのようにアブサンの悪い評判を打ち壊すために他の何かの行動があったら教えてくれますか?

T:私は17年前にアブサンを調べ始め、フランコースイスのルーツにこの伝統をとり戻すために絶え間ない努力と時間を費やしました。
私は他の様々国から来る金儲け主義者たちがこの伝統をハイジャックし消費者をだますために歴史を書き換えようとするのを目撃しました。
幸運なことに業界の仲間には、歴史家がいて助けてくれたりして間違った情報の流れを変えられつつあるのです。
酒作りは私の職業のほんの一部をなしているに過ぎません。私の旅のほとんどは教育の名の下に行われており、アメリカ中、そして他国へも定期的にお酒業界や消費者にアブサンについて教育するために旅しています。

ガゼット:最後に物事というのは解禁することでは止まったりはしないのではないでしょうか。
この解禁がアブサン愛好家の中にはチェコアブサンのような大量生産商品の輸入に道を開くのではないかと懸念しているひとたちもいます。あなたはそれに対抗する計画がありますか?
(フランソワギーが行っているようなながれにそって)何かAOCのような?
もしくはそれはよいことですか?
そしてもし規制について考えるのであればどのようなものを想像しますか?
スイスのIGPのように厄介なものですか?それとももっと心の広いものですか?
そしてその場合どれをどのように定義しますか?

T:面白いアメリカの引用句があります。私たちは敵に出くわした、敵とは私たち自身である。
フランスのアブサン愛好家は工業的で劣ったアブサンがフランスで生産され、フランスやそこここでオリジナル、オーセンティックと謳われていることに本当に気がついたのである。被害はもう起こっているのです。
アブサンのAOC(原産地呼称統制)は他を排除しながらしようとすると孤立した行動になるし、スイスのIGP申請に似ています。多少の問題は解決しますが他のみんなにとっての問題を作り出してしまいます。
この状況をなんとかするための最初の一歩は”アブサン”という言葉を使うことの違法性を取り除くことでした。
すでにこの問題の進歩の結果は見れました。

次に業界でアブサンをつくる情熱のある人々が一緒にEU全体でのアブサンの法的定義の統一を申請することです、受け入れの機会をつくるためには部分的にはスイスの定義をモデルとするべきです。
これは少なくとも二つのパートによってできているべきです。
一つは基本的に業界の利害と一致していること。(残念ながら必要なことです。)
そしてもう一つはスイスの定義に沿いますが、私たちのような職人的な製品を守るためにたくさんのお金や時間を費やすもののためのパートです。

これらは規制を受け入れるための最前の機会を提供します。
例えばスイスの規定に合う製品は”アブサンスーペリア”のようなフレーズを使用することを許可されることでほかのアブサンと差別化する事ができます。
消費者は彼らが何を買っているのか知る方法を得るべきです。なぜなら今現在劣性の大量生産アブサンがよりよい歴史的、伝統的、職人的に作られた製品と同じ価格で販売されているからです。これは業界関連者にとっては利益がありますが、消費者や職人的な生産者にとっては悪いことです。
そもそも法律の定義と明快化の基本的な目的は消費者を保護するためのものであることを忘れないで下さい。このような規制がなければヨーロッパの市場は消費者にとって地雷の埋められた土地のままとなり続け、スイスだけが安全地帯であり続けることになるでしょう。


Bar Tram & Bar Trench  恵比寿バー トラム トレンチ (I)

2010/10/24

Charlotte Gainsbourg tonight in Tokyo




Tonight Charlotte Gainsbourg will be playing at TOKYO INTERNATIONAL FORUM but I don't know if I will be able to go .

At least I can spend the night here listening to her music or If I find a chance to go I may show up .


"R" TRAM

2010/10/23

exhibition of the " absinthe drinker " - VICENT VAN GOGH - In Tokyo

                  VAN GOGH : The adventure of becoming an artist , exhibition in Tokyo


      Now in Tokyo , until the end of this year we have a chance to see the exhibition of one of the most famous absinthe drinker in history . VICENT VAN GOGH.

     Vicent Van Gogh ( 30/03/1853 Netherlands ), had a short career  as an artist , only 10 years but he could able to make more than 800 paintings and 700 drawings .

     The most interesting part of the exhibition was when Van Gogh moved to Paris  and  start to change the color of his works . We can see that he had influence of the impressionism and even influence of the japanese Ukiyo-e .

     Enjoy the vivid colors of his work and maybe a glass of absinthe after the exhibition . Unfortunately they don't have absinthe in the Museum Cafe .

     "R" TRENCH

     Until 2010 / 12 / 20 at the NATIONAL ART CENTER TOKYO



- from the animated film "The Yellow House" based on the life of Vincent Van Gogh, showing the preparation of an absinthe. Produced by Peter Wilstermann.

2010/10/09

HAPPY BIRTHDAY JOHN1

   


   -" " I met JOHN in Hong Kong in 1977 . He was traveling  with SEAN  , who was about 2 years old , and was  on his way to meet Yoko in Japan . I was with David Bowie  and Coco Schwab , his friend and Pa , on our way back  to Europe from Japan , after a rock tour  of my stuff .


   DAVID and John  were friends , and we learned en route  to Hong Kong  that he would be there , in our hotel , for the same few days  that we were .


   A pair of elevator doors opened , and he stood in the hotel hall foyer , wearing a basketball jersey which was way too big , and he gave David a big hug , and a kind of  laughing  ,greeting  smile . I was  surprised to see an English  industry giant  exhibit  such warmth . Also to see him in a basketball jersey , was super cool .


   We went to dinner a couple  of times , the four of us , after Sean was  in bed  for the night . Also to a topless bar once , and once to tea at a snooty country club . He really  knew  how to sound off  when he wanted to , and at each of the later 2 destinations  rose to his feet to half-yell . half-chortle , " have you ever heard of the Beatles ??!" when the service was not forthcoming . I think he enjoyed it . i know I did . 


   Once we were informed that a restaurant of our choice had a dress code . John would have to wear a shirt . After dinner , which was chicken , he blurted , " GREAT! ! YOU'VE GOT TO PUT ON A WHITE SHIRT TO EAT A DEAD PIGEON ! ""

  IGGY POP talking about his memories of John Lennon  from the book" MEMORIES OF JOHN LENNON "


                           HAPPY BIRTHDAY  JOHN !


 " R"


   

2010/10/05

A visit to Oscar Wilde grave in Paris オスカーワイルドの墓を訪ねる





      After  4 days drinking ABSINTHE in France and Switzerland , We couldn't forget to visit the Oscar Wilde grave at Pere Lachaine Cemetery in Paris .

      Here is some of his quotes about absinthe :

     "What difference is there between a glass of absinthe and a sunset ? "

     "The first stage is like a ordinary drink , the second when you begin to see monstrous and cruel things"..."but if you can persevere  you will enter in upon the third stage where you see things that you want to see"

      "Absinthe has a wonderful color , green . A Glass of absinthe is as poetical as anything in the world
"


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4日間フランスとスイスでアブサンを飲んだくれた後、
パリのペール ラシエーン墓地オスカーワイルドのお墓を訪ねてきました

彼のアブサンについての言葉の引用

”夕暮れと一杯のアブサンとなにが違う?”

”はじめは普通お酒と同じように、次の段階では、残酷で悲惨に、
しかしそこを乗り越えれば、見たいものが見える第3段階に入れる”

”アブサンの緑はすばらしい。グラス一杯のアブサンは世界のすべてのものよりも
詩的である”

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  We couldn't forget Balzac who used to drink absinthe as well...


アブサン飲みだったバルザック




    One for Nadar , the photographer ...


    写真家ナダールにも
 
 
                                                                 
    And  one for Jim Morrison , who wasn't a absinthe drinker . but We couldn't leave without leave a shoot for him .


アブサン飲みではなかったけどジム モリソンにも
アブサンショットおみまいせずに立ち去ることはできませんでした




     For all rest in peace .

     皆さん安らかに眠れ(眠って下さい)

     "R" TRAM